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15年。

もう、15年、経ったのですね。
…正確には15年ちょっと? でしょうか。

記憶が完全に薄れてしまう前に、せめて、思い出したことだけでもここに記しておこうかと思います。

15年前、1995年1月17日。阪神淡路大震災。
…本当に、「もう15年経ったのか」という気持ちで一杯です。
身近な人を失ったわけでもない。心の傷を負ったわけでもない。そんな私が語るのは失礼なのかもしれません。どなたかを不快な思いにさせてしまうかもしれません。
でも、あったことは、私も忘れたくないのです。

私が中学生の頃の出来事を知らない人たちが、もう中学生になるくらいの年月が経ちました。
割と当時のことを思い出せる自分に驚いています。やはり印象は強かったようです。



私が住んでいた地域は震度4の地域でした。
あの日の朝、私が起きた時には、居間に家族が集まっていました。
私より遅く起きることも多かった兄や妹も先に起きていて。「どうかしたのかな?」とすごく驚いたことを覚えています。
…そうです。
私は揺れを覚えていません。感じていません。眠っていました。
でも確かに、我が家も揺れていたようです。妹は少し怯えていたと思います。兄は私が起きなかったことに呆れていたかと。両親は…どうだったでしょうか。あまり普段どおりではなかったと思うのですが。流石に記憶が曖昧です。

学校ではクラスメイトたちが、自分の感じた揺れの話をしていましたっけ。とはいえ、それは、本当に短い間だったと思います。
親しく近しい何かに降りかからない限り、現実のものとして受け止めるには…、どうしても話が大きすぎました。
「ひどいことがかなり身近で起きたのだ」ということをきちんと私が認識するまでにはかなりの期間を要しましたし。

じわじわと認識するにつれ、自分がどれほどのんびり生きているかを痛感しました。
もっとひどい揺れのところにいたら、私はきちんと起きられたでしょうか。
起きられたとして、それに対して、ちゃんと避難行動が出来たでしょうか。
…「はい」と言い切れないのが事実です。それは情けない話ですが今でも変わりません。
いつ、何処で、どのように起こるか読みきれないのが「天災」だと知っているはずなのに。


1月17日が来る度に、あの日の「驚き」が思い出されます。
そんな天災に見舞われても寝入っていた自分。同じように眠っていた方々もいらっしゃったでしょう。

亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
心に重荷を負われた方々に、心の平穏が訪れますよう、お祈り申し上げます。

忘れないことしか出来ない私の、これが、精一杯です。
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[ 2010/01/19 00:02 ] 日記 | TB(0) | CM(2)

No title

あの日から、気にかけて継続していることが一つだけあるんです。

寝てる間に、そういった天災があったとき。

即座に逃げられるような服で寝ること。

起きられないかもしれないし、そんな暇も無い可能性だってある。
けど、ずっと続けてる。寝るのに苦しくなく、人前に出ることも出来る格好。
ジャージ&パーカーが冬のスタイル。


忘れてはいけないこと。
噛み締めて読ませていただきました。

[ 2010/01/19 21:54 ] [ 編集 ]

レスです。

>Halkwyさん
いらっしゃいませ、コメントありがとうございますっ。

あの日から変わったことは、思い出してみるとやはりいくつかあるようです。
「天災とはこういうものなのだ」と痛感させられましたから。

服装、結構大切ですよね。切羽詰まればそんなことを考えている暇もなくなるのだとは思いますが、ついつい躊躇って逃げ遅れる、などということも、ありえないとは言い切れませんものね。
備えあれば憂いなし、とも言いますし。

どれだけ頑張っても、いつかこの記憶も薄れてしまうでしょうから、残っている内に、少しでも何かが伝えられて良かったです。
ありがとうございました。
[ 2010/01/19 23:58 ] [ 編集 ]

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